蜩庵陶迷子 赤織部木瓜型手付鉢
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
4月から博物館の土器づくりの会に毎日曜日参加して、粘土の作成から
初めてやっと完成しました。
これは、「堀之内式」を、模倣したものです。
この土器は、日常生活に使用されたようです。 胴に描かれているのは、マムシです。今でも、貝塚ではマムシが要注意です。
縄文人の偉大さは、縄文土器で煮炊きしたことです。
つまり、粘土と焚き火だけで水が洩れない土器、100度のお湯になる器をつくる技術を持っていたことです。
水が沁みでると80度にしかならず煮炊きができません。
ちなみに、陶器の素焼きは800度、水が完全にもれます。当方の場合はそれに釉薬を掛け、1320度で焼いても水漏れします。(笑)
岡本太郎が絶賛した縄文土器は、どうも、長野、山梨の縄文中期に集中しているようですが、縄文人の日常性からはちょっと離れているように思います。
当方が、今日縄文土器を模倣できるのも、命がけで研究した人がいるようです。
また、人間が文字以前に土器を作っていたというのは、いろいろ考えさせられます。
陶芸的には、土器の表面に、炎の痕が残ったことと縄文の痕がはっきり残ったことに満足しております。
なお、博物館からは、底に制作年号を入れるよう何度も言われました。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
作陶の必要から茶碗の約束事を知りたいと思いあれこれ参考文献を漁っていたが、これだと感じる本がなかった。
今回、奈良に仏像研究のために遊んで、夕方奈良町のアーケードを散歩していると、中程の2階に古書店がある。
そこに佐々木三味著『茶盌の心得』がぼろぼろで置いてある。佐々木三味については、なにか川喜田半泥子の随筆のなかに出てきたような気がしたので、手にとって見る。
なにかぴったり来るものを感じて、早速購入した。
ホテルに帰って読み始め5日後の新幹線の中でほぼ読了。
茶道の実技に疎いものにもよく分かる本であった。この本が戦前に書かれているにもかかわらず、これほどわかり易い本はないと思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
『菊池寛実記念 智美術館』は初めて行く。以前は良く行った大倉集古館の斜め向いにある。
狙いは加藤唐九郎の作品拝見。案外、加藤唐九郎の作品の展示はない。国立近代美術館にも展示されていなかった。茶陶の宿命か。
今回は、加藤唐九郎の茶碗がどんなものかを見に行ったが、堂々たるものであったが、意外とおとなしいような気もした。
収穫は加藤唐九郎の言う『背勢』がなんとなく理解できたこと。
茶碗以外では、『絵唐津水差 銘 群鳥』(1943年)が良かった。骨格がしっかりしていて、びくともしない。細かいことは気にせずゆったりしている。絵も細部を気にせず描いてある。釉薬もやや厚めで温かみがある。
あとは『織部異形皿』(1968年)が面白かった。遊び心がちょっと楽しいがちょっと緊張の伝わるような気もする。
加藤唐九郎も『古典』になってきたかな。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
朝、テレビ東京で江戸の職人芸の番組を見ていたら、東京国立近代美術館工芸館(MOMAT)へ行きたくなった。どうやら今日は無料開館日らしい。
早速、出かけることとし、竹橋駅で降りる。本館の前を歩いて行くと、ちょっと当方の趣味が変わったかな、という感慨がある。
堀端の坂道を上り、北の丸公園に入り、旧の近衛師団の建物に入る。
中に入ると無料のうえ、『伊佐利彦ー型染の美』という展覧会のカタログまで頂いた。
2階に上がって、着物、漆と見て、印象に残ったのは漆で黒田辰秋『赤漆流稜文飾箱』、高野松山『牡丹木地蒔絵手箱』。
いずれも工芸における色、「赤い波」「黒い牡丹」といった問題を考えさせられた。
次いで『人間国宝・巨匠コーナー』。とにかく名前が凄い。
ここで印象に残ったのは、加守田章二 『灰釉鉦鉢』、田村耕一『白泥椿文壷』。
もう少しゆっくり鑑賞しようとしたら、どうも参賀帰りの客が増えて、辻協の『信楽大鉢 月光』について若い女性が、洗面器だのなんだの言い出したので、そうそうに帰ることとした。
これでは本館も同様と思い、静かな北の丸公園の中でウグイスを眺め、九段に向った。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)