連鎖読書

2009年1月27日 (火)

『ファイヤアーベント自伝 哲学、女、唄、そして・・・・』を読む

 『シュレディンガーの哲学する猫』読んで、ファイヤアーベントを知り、早速『自伝』を読む。

 あまり、自伝というのは読まない方だが、日経新聞の『私の履歴書』はたまに真剣に読んでいる。

 あれに比べてたら、本当に赤裸々に自分の気持ちを率直に述べた自叙伝で、面白い。当方は、ファイヤアーベントの哲学がわからないので、十分言いたいところが読み取れないのが残念だが、それにしても、幼少の部分や女性との付き合いの話は、面白い。

 こども頃から、定年退職にあこがれ、本当の定年になってしまい、過去の仕事を忘れてしまったというところや、経済的な側面での率直な発言なども楽しいし、死に至る過程は泣かせられた。

 それにしても副題があまりよくないな。原題『Killing TIme』は、『暇つぶし』ということですかね。徒然草に通じる大人の題だな。

 

 

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2009年1月 5日 (月)

「現代の畸人」リスト2 中島らも

 過日、駅前の古書店で中島らもの『牢屋でやせるダイエット』(青春文庫)を発見。懐かしさのあまり購入。

 中島らもは、かれの高校から大学への進学の情況になんとなく共感、一時面白くて濫読したことがあったが、飽きてそのまま。しばらくして、死亡記事が出た。その後ご無沙汰。

 読んでみると面白く、独特の気分を持った知性が感じられた。

 『教養とは、一人で時間を潰すことの出来る能力である。』

 という中島らもの言葉に再び痺れて、どんな感じの最後だったのかを知るために、2~3冊関連の本を読んでみた。

 本人が書いた『異人伝』は、割合客観的な視点から書いている自伝的随筆。ちょっと面白味に欠ける。自分のことを異人ととらえているが、偉人ではないという捻りか。ただ、異人(まれびと)かというと生き方そのものはそれほどでもないような気もする。しかし、天才であることは間違いない。そして破滅型の多才な人物であろう。

 鈴木創士の『烈伝』も史記の列伝のもじりだが、生き方が壮烈であると言いたいのであろう。

 あまり、中島らも個人を追及しないで、なにかあの時代の関西の青春とか芸術とかの同時代史になっている。

 奥さんの書いた『らも』は、さすがに生身の中島らもを家族関係も含めてよくとらえていると思う。今後、中島らもに関心を持つ人がいれば、この本から入るのだろう。まず読んでいて面白い。

 中島らもも当方の中では畸人の一人である。

 そういえば『教養とは、一人で時間を潰すことの出来る能力である。』という言葉にふさわしい畸人候補がいる。

 佐藤優の『獄中記』にぴったりの言葉である。

 

 

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2008年12月 1日 (月)

夢野久作『近世快人伝』を読む

 須原一秀が『自死という生き方』のなかで、もう一度読みたい本として夢野久作『近世快人伝』をあげていたので早速読んでみる。

 予想に反して、九州の痛快無比な快男児についてのほら話に近い話。この本がどこで須原一秀と繋がるのかは不明だが、命を惜しまないという点に着目するならわかるような気がする。

 しかし、頭山満のサナダムシの話、篠崎仁三郎のふぐの毒を喰らう話は、さすがに寒気がした。

 杉山茂丸の「其日庵」の由来は、当方と同じ「其の日暮らし」ということらしい。この人は、夢野久作の父親である。そういえば、かって中公文庫で『児玉大将伝』というのを読んだことがある。

 頭山満については、名前だけ知っているという状態なので、その政治的役割や評価についてはわからないが、夢野久作の描く頭山満の態度は、妙に、妙好人を思わせる。というより夢野久作は禅的なものを感じたのかもしれない。

 夢野久作のことについてよくわからないので、鶴見俊輔の『夢野久作~迷宮の住人』という本を読んでみる。

 堅実なところのある作家というのが鶴見俊輔を通してみた当方の感想だが、その小説を全く読んでいないので、なんとも言えない。

 葦書房の『夢野久作著作集』月報5 九州大学の花田俊典教授の「〈北〉の賢治、〈南〉の久作」という解説が載っているが、芥川龍之介から堀辰雄につなぐのではなく、宮沢賢治、夢野久作へトライアングルにつなぐ指摘がある。マージナルな発想だが、面白いかもしれない。

 夢野久作、ちょっと研究してみたい作家かな。

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