世の移り変わり
大隈和雄の『愚管抄を読む』を読んでいたら、北畠親房の『神皇正統記』で親房は、世の移り変わりの中には神の力をもってしても如何ともしがたい動きがあることを認める、とある。
どうも、この世のなかは、神かでなければ人が動かしていると、考えがちだが、この指摘には新鮮なものを感じた。とくに、人とシステムが万能であると考えがちな現代では。
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大隈和雄の『愚管抄を読む』を読んでいたら、北畠親房の『神皇正統記』で親房は、世の移り変わりの中には神の力をもってしても如何ともしがたい動きがあることを認める、とある。
どうも、この世のなかは、神かでなければ人が動かしていると、考えがちだが、この指摘には新鮮なものを感じた。とくに、人とシステムが万能であると考えがちな現代では。
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『歴史講座』で『将門記』の講義を受ける。
講義のなかで興味を引かれたことは、将門の闘いは、川のなかでの葦を掻き分け掻き分けの闘いが中心であったようだ。
とにかく、氾濫しやすい川のある平地の中で争ったようだ。
もう一つは、結構京都に行くのにあまり時間が、かかっていない。東山道を10日ぐらいという話だが、この辺は検証が必要だとおもう。
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