旅行・地域

2008年4月14日 (月)

法隆寺へ行く

 最近、聖徳太子に絡むこと多くので、昨年の秋も法隆寺へ行こうとしたが、雨で断念。
 今回は、電車で行く。おぼろげだが1回電車で行った記憶がある。
 奈良発大阪行きのガラガラ電車でのんびり。車窓の桜も散ってしまった。
 JR法隆寺駅で下車。平日なので5~6人。バス停に行くが、30分以上門前に行くバスがない。

 依然きたときに歩いた記憶があるので、駅の観光案内所で地図を貰って歩く。産業道路の脇を、排気ガスを吸いながら歩く。こんな情緒のない道だったか、思い出せない。
 そうたいして時間もかからずに、門前に到着。

 観光客もまばら、南大門をゆっくり眺める。天才伊東忠太著『法隆寺』を読み残してきたことを悔やむ。
 プレゼントされたデジカメで記念撮影。ほとんど観光写真。絵葉書写真しかとれない自分が情けない。

 さて中門に至り、回廊から五重塔を眺める。中学校の美術の時間にこの五重塔の特徴については暗記させられた。講堂に至り、金堂の方へ行こうとすると、上堂の方へ案内がある。
どうやら金堂が工事中らしい。

 上堂で釈迦三尊像を拝観。この仏像の襞を見ているととことん飛鳥仏といわれるものを研究してみたくなる。
 飛鳥の特異な美的感覚とはどういうものか。幸い、法隆寺の史料は東京国立博物館に豊富にあるし、関心を維持できるのではないか。四天王像も面白い。これは、昨年秋に、金堂四天王毘沙門天を奈良国立博物館で見た。今回は『平成20年度法隆寺秘宝展』で増長天と持国天が展示されている。

 閉鎖中の金堂の柱の龍の装飾を眺める。
 次は「聖霊院」だが何もみることは出来ない。法隆寺に再び関心を持ったのは、大谷大学博物館で聖霊院の写真を見てからで、ここと絵殿を見たいがためであったが、残念ながら非公開である。

 大宝蔵院へ入館。『玉虫厨子』へ。昨年、絵画論で異時同図のはしりとして習ったばかり。あとで、『かわらの美』という本を読んでわかったことだが、屋根瓦のミニチュアとしても重要な史料である。
 あとは有名な『百済観音』。残念ながら人間知っていることしか見えない。とにかく、今の時点から見ると不思議な美的感覚である。それゆえ、超現代的、写実を拒否しているように見える。

 とにかく茶所で休憩。
 『秘仏』の絵葉書を購入し、おいてある参考文献を見る。
 『木造聖徳太子坐像』(聖霊院)も入っている。実物をみたくてやってきたが、大宝蔵院のものは大正時代の模作。
 ただ、写真ではあるが漂う妖気が御霊的なものを感じさせる。

 気持ちのよい道を歩いて東院へ。しばし、夢殿の脇に咲くしだれ桜を眺め、絵殿へ。ここも非公開。東京国立博物館で聖徳太子絵伝のシアターを見てから絵殿に関心を持ったて訪問したが、残念である。もっと注意深く、公開日を調べて訪問する必要がある。

 桜は散ったが、快晴の斑鳩の空気を吸って、ゆったりとした気分になった。

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2008年2月27日 (水)

一休像と酬恩庵訪問

 宮島新一著『肖像画』を読んでいたら、『一休像』という節があって、そこに興味を引かれる
記述があった。
 
 「円相像のなかでは森侍者を描いた図の上に、一休の円相像が加えられた正木美術館の所蔵になる一幅が注目される。」

 残念ながら、図が載っていない。また、丸岡家所蔵の「一休像」も奇怪なものでいたく興味を引かれた。烏帽子道服姿で竹杖にすがって立っている。

 記述の中に、酬恩庵ことも出てくるので、昨年の秋訪問した時のことを思い出した。

  新田辺からJR京田辺へ徒歩で行き、ここで通称一休寺「酬恩庵」への道をたずねる。交通量の多いうえに歩道のない道を15分ほど行くと、のんびりした見晴らしの良い参道へ。

 しかし、途中でバイパス道路の工事中。このゆったりとした山並みの見える道もいずれは終了に。

 小さな山門を潜ると楓の並木。紅葉の季節はさぞ美しいことであろう。このあたりの情景は後日読んだ水上勉の『一休を歩く』に上手に書かれている。

 まずは一休禅師の御廟所へ参詣。禅師は、応仁の乱の戦乱を逃れて、京都に山城、宇治と山城の境の辺りにある薪村(田辺)の酬恩庵に避難をする。水上勉によれば、一休が例の盲目の美女、森待者と過ごしたという。最後はここで示寂された。

 禅師は後小松天皇の皇子といわれているので宮内庁の管理となっており、村田珠光の作とされている枯山水の庭園は中に入ることは出来ない。

 次いで、方丈へ。前田利常の寄進で狩野探幽の襖絵がある。朝早くてだれもいないので、階に腰をかけゆっくりと前庭を鑑賞。

 正面に虎丘庵の塀があり、その向こうにはみどりの山が迫る。空はあくまでも澄んでおり、朝日が東からさしてくる。人間、閑居するならやはりこういう場所としみじみ思う。

 再び、襖絵をみると、画題に陶淵明、林靖和である。菊を愛し、梅を愛でる。有名な北庭を見る。本当に小さな庭。この小ささのなかに深山幽谷を表わそうとするこころざしは感じる。しばし眺めそれから一部をスケッチする。

 束の間の風雅に遊び、宝物殿へ。印象に残ったものは、幕府との軋轢に悩み、修学院離宮を造った後水尾天皇が道元禅師の歌を書いた宸翰。

    「世の中はなににたとえん水鳥の
          嘴(はし)ふる露に宿る月影」 

 開山堂、本堂をめぐり、一休寺納豆なるものを食べるのを忘れ、駅に向う。向かいにゆったりとした山並みが見える。

 正木美術館のホームページを見ると、作品がでていた。美術館では 「一休と森女」というようだ。

 今年の4月には40周年記念の展覧会を開くらしい。

 

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