« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009年1月27日 (火)

『ファイヤアーベント自伝 哲学、女、唄、そして・・・・』を読む

 『シュレディンガーの哲学する猫』読んで、ファイヤアーベントを知り、早速『自伝』を読む。

 あまり、自伝というのは読まない方だが、日経新聞の『私の履歴書』はたまに真剣に読んでいる。

 あれに比べてたら、本当に赤裸々に自分の気持ちを率直に述べた自叙伝で、面白い。当方は、ファイヤアーベントの哲学がわからないので、十分言いたいところが読み取れないのが残念だが、それにしても、幼少の部分や女性との付き合いの話は、面白い。

 こども頃から、定年退職にあこがれ、本当の定年になってしまい、過去の仕事を忘れてしまったというところや、経済的な側面での率直な発言なども楽しいし、死に至る過程は泣かせられた。

 それにしても副題があまりよくないな。原題『Killing TIme』は、『暇つぶし』ということですかね。徒然草に通じる大人の題だな。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

『シュレディンガーの哲学する猫』

 『シュレディンガーの哲学する猫』(竹内薫+SANAMI著 徳間書店)という本を読む。

 そもそも「シュレディンガーの猫」というものが、よくわからないのだが、本を読んでもその辺の解説はない。ということは、「シュレディンガーの猫」というのは世間の常識ということかな。

 それに狂言回しみたいな部分に、楽屋落ちみたいな話があるので、そこもわかりにくい。

 それはさておき、この本を読んで目からうろこのことが多かった。

 其の一 ファイヤーベントという人を知ったこと。これは価値があった。彼の濫読の奨めも、楽しい。そこで、かれの『自伝』を読書中。

 これまた、痛快。

 其の二 小林秀雄の見方がちょっと変わったのと、『小林秀雄とベルグソン』という本を紹介してもらったこと。

 これから読んでみたいと考えている。

 哲学者紹介の部分なんか従来にはない良い本なんだが、なんだかつなぎの部分が当方には困惑するような人物や猫が出て来て、身内の話みたいような気がする。通の人にはたまらいのかな。

 最後に大森荘蔵が登場するのは良かった。しかし「略画」ばっかしの当方はどうなるの。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月15日 (木)

石川文洋『四国八十八ヶ所』を読む

この本を読んだ理由は、お遍路さんに関心があったわけではなく、筆者が心筋梗塞に倒れても、それにめげずに、四国八十八ヶ所を完結させたところ。

 すぐにリハビリを始めた点が凄い。

 1日4キロの歩行。1600キロカロリーの摂取というのも感心した。

 みずから課題を設定して、効率よく達成しようとする人は、心臓病になり易いとも言われているが、また病気になるとキチンと対応するとも言われている。

 遍路の結果、44%の機能が62%になったことも驚きである。

 「壊死した心筋は治らないが、休んでいたほかの筋肉が働いているようです。」と述べているが、将来はヨーロッパ縦断徒歩の旅をしたいというのも、実現を期待したい。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 6日 (火)

『雪舟と水墨画』展

 『雪舟と水墨画』展(千葉市美術館/岡山県立美術館)へ行く。

 まずは牧谿『老子図』に敬意を表する。

 次いで、雪舟の『山水図』(倣玉澗)。この絵を見るには、そもそも玉澗について知らなければならない。俄か勉強では、南宋末から元初の画人らしい。省略画法を得意とし、微妙な陰影の変化を表現し個性的な特色をもつ作品を描いたといわれている。

 雪舟がそのとおり模写したとすると、結構粗い感じの画で、日本では好まれたものかも知れない。戸田禎佑『牧谿・玉澗』(『水墨美術大系』3という本もあるらしいので、研究する必要がある。

 だだ、重要なのは雪舟がいかなるときも、中国に学んだということであり、日本美術は東アジアのなかで考える必要がある。

 雪舟の作品といえば、「拙宗等楊」の作品も展示されている。雪舟の前身という説があるが、作品ではどうも伝わってくるものがない。

 もう1枚の雪舟の『渡唐天神図』というのもあまり面白くない図柄で、雪舟が描いたのという感じ。

 最近、山水図屏風の見かたに感じるところがあったので、雲谷等益の『楼閣山水図屏風』で試してみたところ、どうも俗な空間で行ってみたくない。

 それに比べて、鉄斎は掛け軸でも面白くて楽しそうなので喜んで行ってみたい。第一鉄斎自身が楽しんでいるのでどうにもならない。

 一方、浦上玉堂は生き方は尊敬もし共感もしているのだが、画のほうはどうにも良さがわからない。多分当方が未熟のせいだろうから、もうしばらく付き合ってみたい。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 5日 (月)

「現代の畸人」リスト2 中島らも

 過日、駅前の古書店で中島らもの『牢屋でやせるダイエット』(青春文庫)を発見。懐かしさのあまり購入。

 中島らもは、かれの高校から大学への進学の情況になんとなく共感、一時面白くて濫読したことがあったが、飽きてそのまま。しばらくして、死亡記事が出た。その後ご無沙汰。

 読んでみると面白く、独特の気分を持った知性が感じられた。

 『教養とは、一人で時間を潰すことの出来る能力である。』

 という中島らもの言葉に再び痺れて、どんな感じの最後だったのかを知るために、2~3冊関連の本を読んでみた。

 本人が書いた『異人伝』は、割合客観的な視点から書いている自伝的随筆。ちょっと面白味に欠ける。自分のことを異人ととらえているが、偉人ではないという捻りか。ただ、異人(まれびと)かというと生き方そのものはそれほどでもないような気もする。しかし、天才であることは間違いない。そして破滅型の多才な人物であろう。

 鈴木創士の『烈伝』も史記の列伝のもじりだが、生き方が壮烈であると言いたいのであろう。

 あまり、中島らも個人を追及しないで、なにかあの時代の関西の青春とか芸術とかの同時代史になっている。

 奥さんの書いた『らも』は、さすがに生身の中島らもを家族関係も含めてよくとらえていると思う。今後、中島らもに関心を持つ人がいれば、この本から入るのだろう。まず読んでいて面白い。

 中島らもも当方の中では畸人の一人である。

 そういえば『教養とは、一人で時間を潰すことの出来る能力である。』という言葉にふさわしい畸人候補がいる。

 佐藤優の『獄中記』にぴったりの言葉である。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 3日 (土)

世の移り変わり

 大隈和雄の『愚管抄を読む』を読んでいたら、北畠親房の『神皇正統記』で親房は、世の移り変わりの中には神の力をもってしても如何ともしがたい動きがあることを認める、とある。

 どうも、この世のなかは、神かでなければ人が動かしていると、考えがちだが、この指摘には新鮮なものを感じた。とくに、人とシステムが万能であると考えがちな現代では。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 2日 (金)

新春のMOMAT

 朝、テレビ東京で江戸の職人芸の番組を見ていたら、東京国立近代美術館工芸館(MOMAT)へ行きたくなった。どうやら今日は無料開館日らしい。

 早速、出かけることとし、竹橋駅で降りる。本館の前を歩いて行くと、ちょっと当方の趣味が変わったかな、という感慨がある。

 堀端の坂道を上り、北の丸公園に入り、旧の近衛師団の建物に入る。

 中に入ると無料のうえ、『伊佐利彦ー型染の美』という展覧会のカタログまで頂いた。

 2階に上がって、着物、漆と見て、印象に残ったのは漆で黒田辰秋『赤漆流稜文飾箱』、高野松山『牡丹木地蒔絵手箱』。

 いずれも工芸における色、「赤い波」「黒い牡丹」といった問題を考えさせられた。

 次いで『人間国宝・巨匠コーナー』。とにかく名前が凄い。

 ここで印象に残ったのは、加守田章二 『灰釉鉦鉢』、田村耕一『白泥椿文壷』。

 もう少しゆっくり鑑賞しようとしたら、どうも参賀帰りの客が増えて、辻協の『信楽大鉢 月光』について若い女性が、洗面器だのなんだの言い出したので、そうそうに帰ることとした。

 これでは本館も同様と思い、静かな北の丸公園の中でウグイスを眺め、九段に向った。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »