「現代の畸人」リスト1 加藤唐九郎
最近必要があって加藤唐九郎の『やきもの随筆』講談社文芸文庫を再読した。そのほかにも図書館で唐九郎が編纂した陶器辞典に目を通した。
改めて判ったことは、その学識と博覧強記ぶりだ。到底陶芸家という範疇に納まる人ではないと感じた。
永仁の壺事件もさることながら、当方のなかでは現代の畸人のひとりとなった。
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最近必要があって加藤唐九郎の『やきもの随筆』講談社文芸文庫を再読した。そのほかにも図書館で唐九郎が編纂した陶器辞典に目を通した。
改めて判ったことは、その学識と博覧強記ぶりだ。到底陶芸家という範疇に納まる人ではないと感じた。
永仁の壺事件もさることながら、当方のなかでは現代の畸人のひとりとなった。
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本年最後の博物館めぐりは、東京国立博物館へ。 閑静でゆっくり見られる環境。
まずは、国宝室へ。『一遍上人伝絵巻 巻第七』が展示。有名な「京都市屋の念仏踊りの場面」が出ている。ゆっくり見てみると、保存状態も良く、全体に精密な絵で、特に下層民の状態が、詳しく描かれている。
この絵巻については、実際に行ったという説となにか手本があって寺社の部分を描いたという説があるが、岩波文庫の『聖絵』の校注者大橋俊雄の解説は、聖戒を編者としたうえで、聖戒は実際にもう一度回って歩いたとある。
しかし、絵は東京国立博物館の解説で「法眼円伊筆」となっており、画家自身が回って歩いたかどうかは不明である。故に、絵巻の表現に類似の表現が見つかれば、先人の表現を取り入れていることも考えられる。
絵巻では、『清水寺縁起絵巻』が出ている。三条西実隆の詞は、見惚れた。
陶器では、織部の手鉢、扇型蓋物が逸品で、解説を隅から隅まで読んだ。
絵画では若冲の『松梅群鶏図屏風』。鶏を特異な角度から見る奇想の図形と特異な羽の表現だが、雌鳥の表情は可愛い。
東洋館では、ベトナムの染付の優品が特別展示されているが、味わい深いものがある。
今回の収穫は、『厚板』のことを知ったこと。これでまた美の世界が、また少し広がった。
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今日は国立民族学博物館製作のビデオテーク・プログラム11「ヤシ酒とココヤシ─ミクロネシア・モグモグ島」という記録ビデオを見た。
男たちは朝起きるとまず、やし酒を採集に行く。昼、様子見に行く。夕方、再び採集に行く。夜、男だけ集まって、カヌー小屋で酒盛りを行う。旨くやし酒を飲むため、家族と一緒に夕食はしない。
やし酒は、採集した量にかかわらず、平等の量を飲む。
過日は、『資源人類学』の勉強をしたが、環境が資源を与えるという考えが根本にあるようだが、若芽を切っておくだけでやし酒ができるなんで、もっとも幸福な事例であろう。
ココナッツやパンの木の採集によって生活するなど、憧れの生活の一つであろう。
しかし、これは1990年ごろのビデオなので今はどうなっているのであろう。
それにしても、「モグモグ島」とは面白くてよい名前だ。
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内澤旬子著『センセイの書斎』に目を通す。
かつて、古書店めぐりでお世話になった池谷伊佐夫著『東京古書店グラフィティ』(東京書館)に絵の構図や、構成が似ている。
古書店を書斎に変化させた感じ。印象に残った「センセイ」の書斎は、小嵐九八郎、佐高信の乱雑系と曽根博義の巨大系。
ちょっと考えると他人の書斎などどうでも良いことだが、この本の狙いは好奇心の充足かな。
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須原一秀が『自死という生き方』のなかで、もう一度読みたい本として夢野久作『近世快人伝』をあげていたので早速読んでみる。
予想に反して、九州の痛快無比な快男児についてのほら話に近い話。この本がどこで須原一秀と繋がるのかは不明だが、命を惜しまないという点に着目するならわかるような気がする。
しかし、頭山満のサナダムシの話、篠崎仁三郎のふぐの毒を喰らう話は、さすがに寒気がした。
杉山茂丸の「其日庵」の由来は、当方と同じ「其の日暮らし」ということらしい。この人は、夢野久作の父親である。そういえば、かって中公文庫で『児玉大将伝』というのを読んだことがある。
頭山満については、名前だけ知っているという状態なので、その政治的役割や評価についてはわからないが、夢野久作の描く頭山満の態度は、妙に、妙好人を思わせる。というより夢野久作は禅的なものを感じたのかもしれない。
夢野久作のことについてよくわからないので、鶴見俊輔の『夢野久作~迷宮の住人』という本を読んでみる。
堅実なところのある作家というのが鶴見俊輔を通してみた当方の感想だが、その小説を全く読んでいないので、なんとも言えない。
葦書房の『夢野久作著作集』月報5 九州大学の花田俊典教授の「〈北〉の賢治、〈南〉の久作」という解説が載っているが、芥川龍之介から堀辰雄につなぐのではなく、宮沢賢治、夢野久作へトライアングルにつなぐ指摘がある。マージナルな発想だが、面白いかもしれない。
夢野久作、ちょっと研究してみたい作家かな。
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