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2008年8月

2008年8月23日 (土)

谷崎潤一郎『鮫人』を読む

 この小説のモデルは辻潤ということで谷崎潤一郎の『鮫人』を読む。しかし、読み進んでみると、主人公の服部が、零落したのちの食欲に触れる表現、服部の外貌の表現などは、少なくとも、辻潤のエッセイを読んだ感想から来る辻潤の印象とは、随分異なるようにも思える。

 この貪欲な食欲の描写は、谷崎自身のものではないだろうか。

 谷崎と辻は交遊があったようだが、ともに下町の生まれで、気質にも共通項はあったであろう。谷崎の生まれた人形町と辻の生まれた浅草や蔵前とは近い。  『鮫人』そのものは、「浅草」趣味や中国趣味に溢れている。

 浅草の部分は、川端康成の浅草ものと共通する趣味であろう。

 辻本人が、『鮫人』のモデルと言っているが、どうも別人ではないか。谷崎自身が言っているわけでもないので。 

 谷崎潤一郎全集(新書版)の伊藤整の解説は、モデルは「坂本紅蓮洞」と言っているが、これも調査が必要だが、結構時代が経ってしまった。

 伊藤整は、梧洞については「上山草人」という説であるが、これも『上山草人のこと』という谷崎の文章を読んでみる必要がある。

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2008年8月 6日 (水)

『ですぺら』を読む

 『絶望の書 ですぺら』 辻潤エッセイ選(講談社文芸文庫)を読み終わった。

 その中にこんな言葉があった。

『人生に目的があるとすれば、それはこの生を各自が出来るだけ享楽せよということ以外にはなにものもない。』(享楽の意義)

『自分には今なにを書こうか、どんな風に書いてみようかという考えはまるでない。』(痴人の手帖)

 辻潤の文章は、まとまりがなく、果たしてエッセイといえるのかどうか、疑問がある。今で言えば、さしずめブログにぴったりの文章といえるかもしれない。

 『水島流吉の覚書』のなかに、『鶉衣』の『一徳弁』の「死ざまに念仏もうさぬ人はあれども、ねざまに小便せぬ人ぞなき」という也有の文章を引用して、「こんな風な文章に興味を感じる自分の老年はごまかしようがない。」と言っているのは、也有の文章ともども身につまされる。

 『続水島流吉の覚書』もカラッとして明るい。この明るさは、江戸っ子特有のものだ。

 同じ世捨て人でも、山頭火や放哉とは異なる辻潤の世界であり、江戸っ子風の抑制と諧謔が交錯する部分だ。

 

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